国際ビジネスにおいては、明確なコミュニケーションと異文化理解に基づく信頼関係の構築が不可欠です。とりわけ移転価格税制の分野では、日本法人と国外関連会社との取引が検証対象となるため、移転価格コンプライアンスでは日本本社と海外子会社、あるいは海外本社と日本子会社との間での国境を越えた協力が必要です。
本稿では、日本の税務調査において海外の企業グループメンバーが直面しやすい実務上の課題、日本の税務当局の特徴、ならびに本邦移転価格税制における近時の注目論点について解説します。
日本税務当局と外資系企業とのコミュニケーション上の課題
外資系企業の日本子会社(または支店)が税務調査を受ける場合、国外本社の従業員が日本の税務当局からの情報依頼に対応する場面が少なくありません。その際、外国居住者は以下のような印象を日本の税務当局者に抱く場合があります。
1. 情報依頼の範囲が広範
各国で行われる税務調査にはそれぞれ特徴がありますが、日本の税務調査については、資料依頼の量が膨大であり、その範囲も広範であるとの印象を抱く実務家が多いようです。実際、調査官が初期段階で用意する資料依頼リストにも広範な情報提供依頼が含まれており、さらに調査の進行に合わせて、調査官が必要と判断する限り追加の資料依頼が行われます。調査官の立場からすれば、適法な課税事務を遂行するために、企業グループ全体の事業実態を正確に把握し、取引に関する詳細な事実関係を確認した上で、所得を評価する必要があります。そのため、多くの場合では正当かつ適法な資料依頼や質問内容ですが、質・量ともに納税者にとって大きな負担となることがあります。また、納税者にとって趣旨が理解できない内容や、質問項目が多岐にわたる場合には、企業秘密漏洩や、税務調査目的外となる捜査等への不正利用といったリスクを懸念して、資料の提供を拒む気持ちも理解できます。この点、税務調査に係る規定を含む国税通則法では、調査官に付与された税務調査の権利(「質問検査権」)は税務行政の目的の範囲内でのみ行使され、他の犯罪捜査の手段として用いることは認められないことが明確にされています。
2. 根拠資料の品質に対する期待の相違
日本の税務当局は、提出した資料やデータ間の整合性を重視します。特に、調査官にとって重要な質問に口頭で回答がなされた場合には、その回答内容を裏付ける詳細な証憑書類の提示が求められることが少なくありません。
外資系企業の子会社や支店においては、親会社がグローバル基準で整備した資料が、必ずしも日本の調査官が期待する資料ではない場合があります。この場合、資料の網羅性や妥当性といった情報の質に対する調査官の評価がより厳格となり、追加の質問や資料依頼を誘発する可能性があります。
3. アプローチの違いに起因する認識のずれ
一部の国においては、税務調査官に強い権限が付与され、当該権限行使を前提とした強権的な調査手法が採られる場合があります。これに対し、近年の日本における税務調査実務では、比較的穏当かつ論理的なアプローチを重視する傾向にあります。もっとも、過去に苦い経験をした外資系企業担当者が、日本の税務調査官に対しても不信感を抱くことは理解できます。その結果として、情報開示を必要以上に控えるという対応が取られるケースも見られます。
このような認識の相違により、外資系企業担当者(特に海外勤務者)が調査対応を担う場合には、情報提供の方針決定に迷いが生じやすくなります。余りにも消極的な水準で資料を準備・提供した場合、当局側の疑念をかえって高め、追加の情報依頼やディスカッションが繰り返されるなど、結果として非効率なやり取りに発展する可能性もあります。
したがって、調査官の要求内容に少しでも疑問が有る場合には、納税者側から積極的に確認を行い、税務調査官の意図を正確に把握した上で、論点に即した十分な品質の資料を準備し、誤解が生じないように丁寧に説明することが、円滑な調査対応の鍵となります。
日本税務当局が注目する移転価格上の主要論点
日本の移転価格税務調査において、特に以下の項目に注意が必要です。
- 役務提供取引および無形資産使用料の国外支払
- 移転価格と寄附金課税との関係
- 恒久的施設(PE)の判定
- 推定課税
1. 役務提供取引と無形資産使用料の対価設定
国外関連者間における役務提供については、まず役務の実体の有無が検証されます。日本の事務運営指針およびOECD移転価格ガイドラインに基づき、以下の点が重視されます。
- 当該活動が存在しなければ、受領者が自ら実施する必要があったか(本邦事務運営指針3-10)
- 役務の受領者が経済的便益を享受しているか(いわゆる「Benefit Test」 OECD 2022 Guidelines, Chapter 7.6)
役務提供対価は、一般にコスト+マークアップ方式により算定されますが、マークアップ率のみならず、マークアップの基礎とするコストの範囲や集計方法の妥当性についても詳細に検証されます。特に子会社や支店が親会社等に支払うマネジメントフィーについては、役務の実態や経済的便益の有無が争点となりやすいため、役務の内容、受領者側の便益、ならびに役務の独立企業間価格算定については、契約書やローカルファイル等において文書化しておくことが非常に有益です。
外資系企業の子会社等においては、国外関連者が保有する商標、技術やノウハウといった無形資産の使用許諾を受け、その対価を当該無形資産の保有者である親会社等に支払う取引が多く見られます。グループ内の使用許諾取引では、経験上、売上の一定割合を支払い対価とする計算方式が多く採用されているようです。もっとも、ライセンシーが営業損失となっている場合や営業利益率が類似企業よりも明らかに低い場合等には、調査官は無形資産使用の対価が過大となっていないか慎重に検証します。高い価値を有すると思われる無形資産は一般に独自性が高く(ユニーク)であり、直接的な比較検証が困難であるため、主観を排して公平公正に客観的な評価を行うことは困難です。日本の法令やOECDガイドラインでは、比較可能なライセンス契約を用いたベンチマーキング分析を行う方法が定義されています(CUT法 独立価格批准法と同等の方法)。しかし、CUT法は非常に高い比較可能性を前提とするため、課税実務上の採用例は限定的で、従来から多用されている取引単位営業利益法(TNMM)や、最近適用例が増えてきている残余利益分割法(RPSM)による検証が選択されるケースが多く見られます。
このように、無形資産の評価においては、評価者の主観を極力排するために、事実に基づく客観的な資料を活用した継続的かつ建設的な議論を通じて、相互の認識のずれを解消していく姿勢が非常に重要です。
なお、令和8年度税制改正においては、国外関連者間で行われる無形資産の使用許諾取引や役務提供取引について、包括的な文書化義務が課される可能性が示唆されています。執筆時点で法整備は未了ですが、従来ローカルファイルの対象外とされていた少額取引や国内取引についても、文書化の対象に含まれる可能性があります。
契約書、請求書、提案書、算定根拠資料等の整備体制を早期に構築することが重要です。文書化が不十分な場合には、青色申告の承認取消し等の重大な税務上の影響が生じ得る点にも留意が必要です。
2. 移転価格と寄附金課税の関係
国外関連者との取引に係る支払額が過大、または受取額が過少と認定された場合、移転価格課税ではなく、措置法第66条の4第3項に基づいた寄附金課税(法人税法37(7))により処分される可能性があります。移転価格課税により生じた二重課税については、租税条約に基づく相互協議(MAP)にて解消されますが、寄附金課税として処分された場合には、MAPによる二重課税の排除が困難となるため、納税者にとって極めて不利な結果となります。
移転価格事務運営要領3-20では、寄付金課税となりうる事実が例示されています。実務上、国外関連者との取引に係る支払いや受取額が、取引契約書において定められている内容と乖離している場合には、日本法人から国外関連者への寄付金に該当すると認定される可能性が高いと考えられます。
一方、契約書にて定められた条件で取引を行っているものの、契約書で定められた価格が独立企業間価格と異なる場合には、移転価格課税として処理されます。
このように契約内容の整備とローカルファイルによる取引実態の明確化、ならびに独立企業間価格の立証は、リスク管理の観点から極めて重要です。
3. 恒久的施設(PE)の判定
海外企業、その従業員、子会社または支店等が、日本国内において当該海外企業の利益のために事業活動を行う場合には、恒久的施設(PE)の認定リスクが生じます。特に、日本国内で契約条件の重要部分に係る交渉や締結が行われる場合には、当該契約に関連する所得がPEに帰属すると判断される可能性があります。
PEに帰属する所得は、AOA(Authorized OECD Approach)に基づき算定されます。AOAとは、PEを独立した企業とみなして機能・資産・リスクを分析し、移転価格税制の考え方を援用して内部取引を評価するアプローチを指します。したがって、ビジネスモデルや取引スキームの設計、契約書の作成等に先立って、PEリスクの事前評価を行うことは非常に重要です。また、PEとして税務申告を行う場合にはローカルファイルに相当する文書の作成が求めれます。
4. 推計課税と推定課税
推計課税とは、納税者から十分な資料提出がなされない場合に、財産または債務の増減、収入または支出の状況、生産量、販売量、従業員数その他事業規模に関する客観的指標を基礎として所得を推計し、更正処分を行う方法をいいます。この制度は青色申告法人には適用されません。ただし、適正な帳簿書類の備付けおよび保存が行われていない場合には、青色申告の承認を取り消した上で推計課税が行われる可能性があります。
一方、推定課税(租税特別措置法第66条の4第7項)は、納税者が税務当局から求められた「独立企業間価格の算定に必要な資料(いわゆる「ローカルファイル」を含む)を期限内に提出しなかった場合に、税務当局が独立企業間価格を推定して課税する制度です。なお、推定課税に当たっては、同業他者への税務調査で得られたデータ(いわゆる「シークレットコンパラブル」)等を用いることも可能です。
なお、推計課税または推定課税により生じた二重課税については、相互協議(MAP)により解決される可能性は極めて低いと考えるべきです。これは、相互協議を進めるために必要となる十分な情報が納税者から提供されていないことを前提とするためです。
海外の親会社主導で移転価格調査に対応する場合には、日頃からのコミュニケーションが非常に重要となります。特に、グループ会社間で会計方針や財務データの管理体制が異なる場合、資料間の不整合に関する適切な説明を行うことが想定以上に困難なものとなることがあります。推定課税や推計課税は最終手段ではありますが、提出資料の質や回答内容、資料相互の一貫性および整合性が確保されていない場合には、調査官にとって採用可能な選択肢となり得ます。
結論
国際的な視点と日本の実務を踏まえた、グループ内の積極的なコミュニケーションと十分な事前準備こそが、税務リスクの最小化と円滑な調査対応を実現する鍵であるといえます。
日本の移転価格税務調査においては、単なる数値検証にとどまらず、取引実態の把握、契約内容の検討、サプライチェーンの分析、取引当事者の機能・リスク・資産分析、移転価格文書によるポリシーの検討および独立企業間価格の評価など、定性・定量の両面にわたる広範な検証が行われます。
日本で標準的と考えられている税務調査手法や、調査官が通常期待している資料の水準は、必ずしも国際的に標準的なものではありません。この互いの認識の祖語が、不要な摩擦を生み、結果として課税リスク拡大につながる可能性があります。特に、リモートでの対応が求められる外資系企業においては、役務提供取引や無形資産取引に関する文書化を事前に準備しておくことは、形式的に推定課税の適用リスクを回避することができるだけでなく、調査官に提供した他の資料との一貫性や整合性を確保した回答を行う助けにもなります。
また、納税者と調査官とのコミュニケーションの質は、調査顛末に非常に大きな影響を及ぼします。調査官からの質問や資料依頼に対しては誠実に対応することは大前提ですが、その意図が不明確な場合には、納税者側から積極的に質問することや、提供が困難な資料について、代替資料の提案を行うなど、建設的かつ継続的なコミュニケーションが、調査官との相互理解の確保に繋がります。さらに、大量または複雑なデータを提供する場合には、データの解読方法等の補足説明や、論点に即した形で整理された説明を行うといった調査官に対する協力も、納税者の立場を誤解なく理解してもらうことに繋がります。
お見逃しなく!
- 日本の税務当局が求める情報量や質問の方法は、他国の当局と大きく異なる場合があり、特にインバウンド企業の担当者に対しては丁寧な説明が重要です。
- 特にマネジメントサービスのような役務提供については、OECDガイドラインおよび日本の移転価格税制に基づき、経済的便益の有無を確認することが重要です。
- 日本企業が国外関連者に対して無形資産の使用許諾料を支払う場合には、支払金額に見合う無形資産の内容について十分に説明できるよう準備することが重要です。
- 移転価格調整を行う場合には、契約書において調整の実施および算出方法をあらかじめ定めておく必要があります。
- 税務調査において、提出資料や説明に著しい矛盾がある場合、日本の税務当局が課税所得を推定する可能性があるため、調査対応における説明や回答は慎重に行う必要があります。