M&Aで活用されるアーンアウト条項において、事後的に授受される調整金の税務上の取扱いは、売主(個人)の税引後手取額に重大な影響を与えます。
本稿では、最新の国税不服審判所裁決(令和7年4月21日)を含む過去の重要事例を踏まえ、所得区分ごとに判断基準や実務上の留意点について整理し解説します。
令和7年最新裁決が示したアーンアウト税務の現在地
アーンアウト調整金の所得区分を巡り、令和7年4月21日に不服審判所裁決が下されました。本件は、個人が上場会社株式を譲渡し、その譲渡から3年後に会社の業績に応じて調整金を受領した事案です。
審判所は、譲渡時において調整金額が確定しておらず調整金に係る権利の実現が可能になったとは言えないとして納税者の主張を退け、調整金は「譲渡所得」には該当せず、支払を受けた年分の「雑所得」に該当すると判断しています。
アーンアウト条項の意義と所得区分・税率
アーンアウト条項とは、株式譲渡契約における譲渡対価の一部について、対象会社が一定の業績目標を達成した場合に追加的に支払うことを定めたものをいいます。
アーンアウト調整金について実務上想定されうる「3つの所得区分」とその判断基準、課税関係は以下の通りです。
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譲渡所得に該当する場合は、調整金額に対して所得税・復興特別所得税15.315%、住民税5%が課されることとなります。
上記3区分の中で税率は最も低い一方で、収入計上時期は原則、株式譲渡時であると考えられるため、アーンアウト調整金として現金を収受する前に納税が発生するデメリットが想定されます。
一時所得に該当する場合は、雑所得と同様に総合課税であり、所得税・復興特別所得税45.945%、住民税10%が課税されます。
課税方法としては、調整金の額から50万円を控除した残額のその1/2相当額を所得金額として税率を乗じるため、実質的には税率28%程度と雑所得(総合課税)より税負担は軽くなります。
但し、一時所得は「資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」と定義され、資産の譲渡に密接に関連して支払を受けるものも除かれると解されています。
通常M&A取引におけるアーンアウト条項は株式譲渡契約の一条件であり、調整金は株式譲渡に関連して支払を受けるものであるため一時所得に該当することは稀であると考えられています。
過去の重要事例から読み解く当事者の主張と判断基準
所得区分と収入計上時期が争点となった過去の裁判・裁決事例は以下の通りです。
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① 平成28年10月6日大阪高裁判決では、特許に係る譲渡契約の締結及び対価の支払い後、一定の目標達成を条件とした追加的な支払を受けることを約した契約を締結し、その契約に基づき支払われた調整金の所得区分が争点となっています。
結論としては雑所得に該当するという判決となっています。譲渡時には追加支払いの条件となる契約すら締結されておらず、客観的に権利の実現が可能であったとはいえないため譲渡所得を否定しています。
また、本件においては上述したような一時所得の非対価性要件を満たさないと判断しています。国税庁の内部文書「株式譲渡益課税のあらましQ&A」でもこの判決を参考事例とし、確定した年分の雑所得とする見解が示されています。
② 平成29年2月2日国税不服審判所裁決では、収入の計上時期が主な争点となっています。
納税者が経営する会社の株式譲渡契約において、譲渡対価の一部について、会社の将来の業績に応じて算出した金額をもって分割して支払う旨の条項が付されており、これに基づき支払われた譲渡対価の一部は、譲渡所得に該当し、譲渡時に収入計上すべきものと結論づけています。
会社は急成長しており「計画値が達成され満額支払われることを想定して設けられた」と認定し、アーンアウト調整金について実質的に停止条件はなく、譲渡時に権利が確定的に発生していたと判断しています。
③ 令和7年4月21日国税不服審判所裁決では一転して、停止条件がない場合においても譲渡所得に該当しないという判断を下しています。
当該譲渡契約では譲渡価額を「株式譲渡価額」+「価格調整金額」で決定するものとしており、価格調整金額として譲渡後3年間の業績(3年平均EBITDA)がプラスの場合には売主は追加支払を受け、マイナスの場合は返金する設計がされています。
契約上「停止条件」にあたるような条件は含まれていませんが、将来の業績が確定しなければ支払の有無とその金額の算定ができない仕組みであり株式譲渡時には客観的な権利実現は不可として譲渡所得性を否定しています。
さらに、譲渡所得は本来資産の値上がり益を所得とするものであり、譲渡に起因して譲渡の機会に生じたものであることを要する一方で、本件調整金は株式の譲渡に起因したものであるが、譲渡の機会に生じたものでないことが指摘されています。
お見逃しなく!
最新の令和7年4月21日国税不服審判所裁決では、アーンアウト調整金は「譲渡の機会に生じたものではない」として譲渡所得性が否定され、支払を受けた年分の雑所得と判断されました。
一方、本件は国税庁の見解の基礎となった平成28年大阪高裁判決の“特許“に係る譲渡の事案とは異なり、”株式“の譲渡に起因するものです。
実務家や専門誌等の間でも指摘されている通り、租税特別措置法第37条の11第1項では「上場株式等の譲渡による雑所得」についても分離課税(税率20.315%)の対象と定めていることから、本件につき株式譲渡との実質的関連性が認められれば、仮に雑所得と整理されたとしても分離課税が適用される余地があると考えられます。
本件は現在東京地裁に提訴がされているため、今後の司法判断の行方が注目されます。
M&Aの契約設計においては、形式的な「停止条件」の有無のみならず、実質的に譲渡時に権利が確定しているかについて総合的に判断されるため、株式譲渡とアーンアウト調整金の関連性を契約上明確にしておくことが個人の税負担を適正化するうえで極めて有用な防衛策となります。