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新興国における租税条約の不適用外国税額控除

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わが国は、156の国・地域との間に合計88本に上る租税条約等を締結・適用しております(2025年10月時点)。租税条約は、国際取引における課税管轄の明確化による二重課税・租税回避の防止などを通じて、健全な国際投資・経済交流を促進することが目的です。

しかし実務的には、企業が進出先の新興国において租税条約に反する課税を受ける事例や、租税条約の減免手続きの事務コストが大きいために減免の適用を受けることが困難な事例があります。このように、租税条約の適用を受けられずに課税された外国税額については、外国税額控除制度の適用を受けることもできないため、取扱いに留意が必要です。

外国税額控除制度の概要

外国税額控除制度とは、国内法における二重課税の排除措置です。具体的には、内国法人が各事業年度において外国法人税を納付する場合には、控除限度額の範囲内で、その外国法人税の額のうち一定のもの(控除対象外国法人税の額)を当該事業年度の所得に対する法人税の額から控除することができます(法法69①)。適用要件は、申告書に所定の明細書(別表)の添付があり、かつ、控除対象外国法人税の額を課されたことを証する書類を保存していることです(法法69㉕)。

ここで、外国法人税とは、外国で課される外国税のうち、外国の法令に基づき法人の所得を課税標準として課される税をいいます(法法69①、法令141①)。

控除対象外国法人税とは、外国法人税から、所得に対する負担が高率な部分や、租税条約により課すことができる額を超える部分や免除される部分を除外した金額をいいます(法法69①、法令142の2)。

控除対象外国法人税については、税額控除方式に代えて損金算入方式を選択適用することが可能です。ただし、事業年度ごとに控除対象外国法人税の額の全部について外国税額控除方式と損金算入方式のどちらかのみが認められます。控除対象外国法人税の額の一部について外国税額控除の適用を受けている場合には、他の一部について損金算入を行うことは認められません[i](法法41①)。
 
[i] 本稿では単体法人を前提にしておりますが、グループ通算制度の適用がある場合には、通算グループとして外国税額控除の適用と損金算入の選択を行うことになります。したがって、通算法人のうち1社でも外国税額控除の適用を受ける場合には、他の通算法人においても、控除対象外国法人税の額は損金不算入となります(法法41②)。

新興国においてよくあるケースと実務上の取扱い

(事例1)租税条約に反した課税を受けた場合

内国法人である甲社は、マレーシア国内においてマレーシア法人に対する人的役務提供(技術指導)を行い、役務対価の支払いを受ける際に10%の現地源泉税の徴収を受けた。なお、甲社はマレーシア国内においてPEを有していない。

日馬租税条約上、役務提供事業に係る所得は、現地にPE(恒久的施設)を有していない限り、現地における租税が課されないこととされていますが(同条約7条)、マレーシア所得税法(4A条及び109B条)では非居住者に対して技術上の役務提供の対価の支払いをする者は所得税の徴収納付をする義務があります。そのため、源泉徴収漏れによる追徴リスクを懸念したマレーシア法人(支払者)側が租税条約の適用申請を行わずに源泉徴収を行う場合があります。

租税条約において免税とされる額を超えて現地で課税された部分については、控除対象外国法人税の額に該当しないため(法令142の2⑧五)、外国税額控除の適用はありません(法法69①)。したがって、事後的に源泉税額の還付が認められない限り、二重課税が生じることになります。

他方、控除対象外国法人税の額に該当しないことから、外国税額に係る損金不算入規定(法法41)の適用を受けることがありませんので、同一事業年度中の他の外国税額控除の適用と関係なく、損金算入することが認められます。

(事例2)租税条約が効力停止中のために課税を受けた場合

内国法人である乙社は、ロシア法人に対してノウハウのライセンス供与を行い、その対価であるランニング・ロイヤルティの支払を受ける際に20%の現地源泉税の徴収を受けた。なお、乙社はロシア国内にPEを有していない。

日露租税条約上、使用料については、現地にPEを有していない限り、源泉地国における租税が課されないこととされていますが(同条約12条)、ロシアでは2023年8月に日本を含む38か国との租税条約の主要条文を一方的に停止する行政命令(大統領令第585号)が発令された結果、ロシア側において租税条約に基づく減免措置の適用を受けられず、相互協議も困難な状況が続いています。

事例1と同様に、租税条約において免税とされる額を超えて現地で課税された部分については、控除対象外国法人税の額に該当しませんから、外国税額控除の適用はありません。本事例では事後的に源泉税額の還付を受けられる可能性も乏しく、二重課税が生じることになります。

外国税額に係る損金不算入規定(法法41)の適用を受けることなく、損金算入することが認められる点についても、事例1と同様です。

(事例3)現地において納税証明書などの書証を入手できない場合

内国法人である丙社は、サウジアラビア法人に対してノウハウのライセンス供与を行い、その対価であるランニング・ロイヤルティの支払を受ける際に10%の現地源泉税の徴収を受けたが、納税証明書を入手出来ていない。

日沙租税条約上、使用料については、現地にPEを有していない限り、源泉地国における限度税率は10%(設備使用に係るものについては5%)とされています(同条約12条)。

本事例の場合には、租税条約上の限度税率を超えて課税された部分はないため、現地における源泉税額は控除対象外国法人税に該当します。ただし、控除対象外国法人税の額が課されたことを証する書類(タックス・レシートなど)の入手・保存ができていないため、外国税額控除の適用要件を満たしません。この場合にも、二重課税が生じることになります。

本事例における源泉税は事例1・2とは異なり、控除対象外国法人税の額に該当するため、外国税額に係る損金不算入規定の適用を受け、損金算入が認めらません。

お見逃しなく!

わが国が締結している租税条約には一般に相互協議規定が設けられているため、進出先国において租税条約に反する課税が行われた場合には、当該規定に基づく相互協議を実施することにより解決を図るのが原則ですが、現実には現地におけるコンプライアンスコストの増加や手続きの長期化を懸念して、租税条約に適合しない課税を甘受せざるを得ないケースが多々あります。また、租税条約の効力が一方的に停止されたロシアでは、相互協議の実施による解決は元々期待できません。こうした場合に、外国税額控除の適用が受けられず二重課税が生じることは、納税者感情としては納得がいかない面もあります。

しかしながら、税法における外国税額控除制度の適用はあくまでも法令の規定に従って行う必要があります。たとえ二重課税が生じる不合理な結果になるからといって、法令上の根拠に基づかない税務処理を行うことは認められず、追徴課税のリスクが生じますので、注意が必要です。

令和8年度税制改正要望では、効力停止中の租税条約により生じた外国税額について、外国税額控除の適用対象とする措置の要望が出ております[i]。今後の動向にもご注意ください。
 
[i] 金融庁総合政策局総合政策課「令和8年度税制改正要望事項」(2025年10月21日取得)をご参照ください。

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