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移転価格税制と財務報告における無形資産評価の比較

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多国籍企業では、国際的な合併・買収(クロスボーダーM&A)が行われています。クロスボーダーM&Aを契機に、無形資産の国際的移転や機能・リスク・資産の変化を伴うサプライチェーン再編が行われる場合、既存の移転価格ポリシーの見直しが不可欠です。特に無形資産の評価については、税務当局との見解の相違が生じやすいため、将来の税務調査に備えて、取得時の価値を深く分析し、その内容を適切に文書化しておくことが重要です。また、無形資産の取引後に得られる財務情報の実績値に基づく遡及的な移転価格調整を認める「所得相応性基準(commensurate with income standard)」への備えも必要です。

OECD移転価格ガイドラインでは企業再編において価値の消失はないとされているため 、特に無形資産を貸借対照表(BS)に「のれん」として計上している場合は、税務当局の興味を引きやすいため慎重な対応が求められます。

本稿では、無形資産評価に関して、移転価格目的と財務報告目的での違いに着目し、リスク軽減のために経営陣がどう対処すべきかを考察します。

移転価格と財務報告の無形資産のバリュエーションの違い

財務報告では、買収価格と簿価の差額を単に「のれん」として処理するのではなく、PPA(Purchase Price Allocation)により特許、ブランド、顧客リストなどの識別可能な無形資産に配分し、残りを「のれん」として計上します。

一方、移転価格における無形資産評価では、売手・買手双方の独立企業間価格の整合性を重視するため、実質的にPPAで配分されなかった「のれん」も含めて評価します。さらに移転価格目的の評価では、取引後に得られた情報に基づく遡及的な調整(所得相応性基準)が認められており、財務報告と移転価格では、アプローチや評価範囲に明確な違いがあります。

項目 財務報告(PPA) 移転価格

評価基準

時価基準

独立企業原則[1]、所得相応性基準[2]

適用範囲

個別識別可能資産及び負債(法律上の権利等による裏付けのない超過収益力やチームワークなどの労働力のシナジーはのれんに含まれる)

固有の特性を有し、かつ高い付加価値を創出するために使用されるもの[3]

基本原則

保守主義の原則を基に見積もる将来の経済的利益

経済的実体の原則(実際の経済実態との整合性を重視する)

評価手法

インカムアプローチ(超過収益法,

ロイヤルティ免除法など)、マーケットアプローチ、コストアプローチ等

独立価格比準法(CUT法)、利益比準法(TNMM/CPM)、利益分割法(PS法)、収益還元法(DCF法)、買収価格法など

財務予測

連結グループ全体での予測に基づくことが多い

法人単位での予測に基づく。相互関連取引の一体検証が認められる

割引率

企業固有のリスクに市場参加者の視点を反映したリスク調整割引率

金銭の時間価値と予測キャッシュ・フローのリスクを反映した個別事例に応じた割引率

耐用年数

取得した資産を維持する以上の将来的な開発は考慮されず算定される。財務会計の観点では、経済的耐用年数に焦点が置かれる

将来の開発可能性も含めて評価

[1] 租税特別措置法66条の4(2)
[2] 租税特別措置法66条の4(9)
[3] 租税特別措置法66の4(9)-1

 

財務報告における無形資産評価

1.   時価基準

時価とは、「算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格または負債の移転のために支払う価格[4](いわゆる出口価格)」を指します。

2.   評価手法

財務報告で使用される評価手法には次のようなものがあります。

  1. マーケットアプローチ:
    類似の資産が類似の条件下で取引された際の市場価格を用いる方法。
    (無形資産評価では、信頼できるデータが入手困難なため一般的ではありません。)

  2. インカムアプローチ:
    将来得られる収益を現在価値に割り戻して算定する方法(DCF法)です。超過利益法(MPEEM)やロイヤルティ免除法(RFRM)などが含まれます。
    (将来キャッシュ・フローに関する信頼性の高いデータと予測が得られる場合に最も適している方法です。)

  3. コストアプローチ:
    再取得原価を基に評価する方法で、複製原価法(Reproduction Cost Method)および再調達原価法(Replacement Cost Method)が含まれます。

[4] 時価の算定に関する会計基準第5項 

 

移転価格における無形資産評価

1.  独立企業原則(Arm’s Length Principle)および所得相応性基準

移転価格税制では、国外関連取引から生じる課税所得を算定するために、独立企業原則を採用しています。

  1. 独立企業原則:
    「独立企業原則」 では納税者が関連会社と取引を行う際、それがまるで無関係な会社同士の取引であるかのように扱うことが求められています。そのため、国外関連取引(Controlled Transaction)は、納税者が同様の状況下で同じ取引を第三者と行った場合に得られるであろう結果と一致することが求められます。  
                           
  2.  所得相応性基準(Commensurate with Income Standard):
    以前のOECDガイドラインでは取引時に知り得ない情報(Hindsight後知恵)を用いた課税に批判的でしたが、現行のガイドラインでは、一定の条件を設けた上で取引実施後に判明した結果に基づく調整を独立企業原則の例外として認めています(いわゆる「所得相応性基準」)。

2.  評価手法

移転価格税制では、無形資産の評価方法として以下の手法が指定されています。

  1. 独立価格比準法(CUT法):
    関連会社間の取引を、独立企業間で実施された類似の取引と比較します。内部比較対象取引(取引当事者の一方がグループ会社の構成員)もしくは、外部比較対象取引(取引当事者にグループ会社の構成員が含まれない)が使用されます。

  2. 取引単位営業利益方 / 利益比準法(TNMM / CPM):
    類似の機能、資産、リスクを有する企業との営業利益率比較により超過収益を測定することで無形資産の評価を行います。

  3. 利益分割法(PSM):
    営業利益(損失)を、各納税者の寄与度に基づいて分割します。取引の両当事者の非定型的な貢献が存在する場合や事業が高度に統合されている場合など、比較対象取引が特定できない場合に使用されます。

  4. 収益還元法(DCF法):
    無形資産や無形資産を利用する事業が将来生み出すと見込まれるキャッシュ・フローを現在の価値に割り戻す方法で、評価する方法です。非上場企業の株価、事業譲渡対価や、のれんの評価等、市場価格を観測できない場合に効果を発揮します。

3.  適用免除基準

文書化要件(特定無形資産の国外取引における対価とその算定根拠、また、算定時の前提と実際に差異が生じた場合に、その原因が災害等のやむを得ない事情であること)または収益乖離要件(予測収益と実際の収益額との差が20%を超えていないこと)に基づく書類を、原則60日以内(同時文書化義務がある場合は45日以内)に提出した場合、所得相応性基準の適用は免除されます[5]。ただし、免除を受けるには、特定無形資産の国外取引に関する事項を記載した法人税別表17(4)を、当該事業年度の確定申告書に添付していることが条件となります。

[5] 租税特別措置法66の4(11)

 

納税者がリスク軽減のために取るべき対応策

【対応策1】PPAと移転価格両方の評価を組み合わせたアプローチの検討

移転価格税制と財務報告のリスクを適切に管理するためには、両者の評価を組み合わせたアプローチが有効です。共通の情報を活用することで、手続きの重複を避け、効率化とコスト削減が可能になります。また、評価手法や前提条件、文書内容を比較することで評価の質と一貫性が向上し、税務調査時の整合性確認にも有利に働きます。ただし、M&Aや企業再編から時間が経過し、古いデータに基づく評価に信頼性の懸念がある場合は、再評価が適切です。

【対応策2】関連者間取引契約に定期的な調整を行う条項を盛り込む

あらかじめ関連者間取引契約に定期的な調整を行う条項を盛り込むことで、実際の財務実績に合わせて移転価格の評価を調整するようにしておくことも有効です。こうした対策を講じることで、所得相応性基準を適用した際にペナルティが課されるリスクを軽減できます。

クロスボーダーM&AのDDやPMIにおいては、移転価格コンプライアンスの観点からの検証が重要です。無形資産評価はPPAと異なる点があるものの、PPA資料が税務調査の対象となる可能性があるため、両評価の違いを理解し、比較検討することが有効なリスク管理手法と考えられます。

お見逃しなく!

クロスボーダーM&AにおけるDD(買収前の調査)やPMI(買収後の統合プロセス)においては、移転価格コンプライアンスの観点からの検証が重要です。無形資産評価はPPAと異なる点があるものの、PPAのための資料が税務調査の対象となる可能性があるため、両評価の違いに留意して比較検討することが有効なリスク管理手法と考えられます。

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