Goods and Services Tax:GST - インド間接税制の大改革
インド・ジャパン・ニュースレター 2016年8月号
インドの複雑で分かりにくい間接税制の抜本的改善のため、複数存在する間接税を「GST(Goods and Services Tax)」という1つの税金に統合しようという議論が始められて約10年近くが経過します。2014年のモディ政権誕生後、GST導入は最重要政策の1つと位置づけられ、導入に向けた動きが活発化しました。そして、GST導入に必要な憲法改正法案が8月8日に国会を通過し、大きな前進を見せました。
なお、憲法改正には過半数の州議会による追認が必要です。憲法改正を受けて、GST法案も別途国会や各州議会での可決・成立させなければなりません。政府は2017年4月の導入を目標としていますが、実際的にはこの目標達成は困難と言われており、GST導入は2017年年度中あるいは2018年度中になるのではないかとも言われています。
本稿では、GSTの概要と導入による影響ポイントを解説します。
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1. 現在のインドの間接税制
現在のインドの間接税は、輸入時にかかる関税(関税の中にもさらに基本関税、相殺関税、特別追加関税と複数の項目があります。)、物品製造に係る物品税(中央政府税)、州内の物品販売にかかる付加価値税(VAT、州政府税)、州をまたぐ物品販売にかかる中央売上税(CST、中央政府税)、サービス提供にかかるサービス税(中央政府税)など、複数の税目があります。また、これらの税目の相殺控除関係は複雑で分かりにくく、一部はコスト(原価増)になってしまうなど、ビジネス上大きな負担となっています。
2. GSTの概要
現在、州政府の財務大臣で構成される特別委員会がGSTの仕組みを議論しており、Model GST Lawのドラフトが公開されています。Model GST Lawで提案されているGSTの仕組みはDual GSTと呼ばれ、中央政府の取り分であるCentral GST(CGST)と州政府の取り分であるState GST(SGST)を設け、州をまたぐ取引に係るCGST・SGSTはIntegrated GST(IGST)としてプールし、一定の決まりに従って相殺するという仕組みです。
(1)相殺控除
現在の税制では複雑になっている各税金の相殺控除関係も、GSTの下では非常に簡素な形となると考えられます。仕入時に支払うGSTと売上時に受け取るGSTは原則的に制約なく相殺控除でき、現在の中央売上税(CST)のような相殺控除できずコストとなってしまう税金が解消されることが期待されます。相殺控除は、州内取引でのCGST同士、SGST同士をまず相殺し、その後IGSTについては一定のルールに従って相殺することが提案されています。
(2)適用範囲
GSTは物品取引、サービス取引の両方に課される税金であり、現行制度のように物品取引にはVATやCST、サービス取引にはサービス税、といった別の税金が課されることがなくなります。例えばIT産業においては、データの提供が物品としての取引かサービスとしての取引かが明確でなく、VAT法、サービス税法の両方に該当すると解釈されてVATとサービス税の両方が課税されると言うケースもありました。こうした法解釈による曖昧さも解消されると期待されます。しかし、Model GST Lawでは消費用酒類やタバコなど嗜好品取引をGSTから除外しており(したがって引き続きVATやCSTが残ることになります。)、ガソリンなどの燃料はGSTの適用範囲とするかどうかが議論されています。
(3)課税タイミング-Supply
課税時点の変化も大きなポイントです。既に述べたように、現在の税制では税目ごとに課税タイミングが異なっていましたが、GSTでは「Supply」時点に統一されることが予定されています。Model GST Lawによれば、Supplyには在庫移動もその概念に含まれるとされています。従って、販売・購買以外のタイミングでのGST課税も考えられます(但し、在庫移動に係るGSTも販売時のGSTと相殺できるのでコスト増とはなりません)。また、Supplyというイベントはサプライヤーの所在地とPlace of Supplyに従って決定するとされており、詳細は今後の議論の対象になります。
(4)税率
GSTの税率については、これまでは12~27%程度のレンジで標準税率が取り沙汰されてきましたが、最近では上限税率18%という意見が主流になったように思われます。しかし、憲法改正法の上院審議においては、税収減を恐れる州選出の議員から20%以上の税率を求める声も聞こえてきます。税率は今後設置されるGST委員会で決定されることとなります。またModel GST Lawでは、現行制度で免税や軽減税率の対象となっている物品(生活必需品等の消費財)については、GSTにおいてもこれを引き継ぐことが想定されています。なお、SEZでの免税の取り扱いは明確にされていません。
3. GST導入の影響
GSTの導入は現在の間接税制を根本的に変更するものであり、影響は広範囲かつ大きなものになると予想されます。特に以下の分野では注意が必要です。
(1)サプライチェーンへの影響
現在の間接税制を前提としたサプライチェーンの見直しが必要になると考えられます。州内業者、州外業者、輸入など、取引に応じた税金面への影響分析が必須です。また、これまではCSTコストを軽減する目的で州ごとに倉庫を設置して出荷するという体制がよく見られますが、GSTではCSTコストの制約がなくなるので、例えば複数の州を対象とした出荷拠点への物流の集約なども1つの選択肢となり得ます。こうした物流網(倉庫網のあり方など)の見直しも必要になると思われます。
(2)キャッシュフローへの影響
現在の間接税は税目ごとに課税タイミングが異なっていますが、既に述べたようにGSTの下では「Supply」時点での課税に統一されます。この課税タイミングの変化によって間接税に関するキャッシュイン・アウトのタイミングが変わってくると考えられます。また、在庫移動もSupplyに含まれるため、仕入・販売以外のタイミングでのGST課税・キャッシュフローも考えられます。加えて、これまでの免税や還付のあり方やタイミングも変わってくると考えられるため、こうしたキャッシュインへの影響も考慮すべきポイントです。
(3)コンプライアンス対応への影響
現在の間接税制では複数の税金にそれぞれのコンプライアンス対応が必要でしたが、GST導入後はGSTという1つの税金についてのコンプライアンスが求められ、負担軽減に繋がると期待されています。
一方で負担増の懸念もあります。現在提案されているDual GSTの下では、州政府のSGSTを含むために州政府ごとの登録・申告・納税が必要となると考えられます。例えば、現在サービス取引にはサービス税という中央政府税が課されるので、申告・納税は中央政府に対して行いますが、GSTではサービスも州ごとの申告・納税となる可能性があります。また、CGST、SGST、IGSTごとの会計処理・管理や各種証憑類の保管、GSTに合致した契約書や請求書への改訂など、コンプライアンス対応が必要になります。
(4)ITシステムへの影響
現行の間接税制に対応したITシステムは全てGSTに対応したものに変更する必要があります。例えば、税目設定・税率の変更、請求書等の新たなフォーマット設定、クレジット(相殺控除)登録・条件の変更(特に物品取引とサービス取引のクロスクレジットへの対応)などが考えられ、影響は広い範囲に及ぶと思われます。
4. 今後の対応は?
Model GST Lawのドラフトが公開されているとはいえ、重要な税率や適用範囲はまだ議論されている最中です。従って、詳細な影響分析は現時点では難しいと考えられます。しかし、GSTの議論が最終決着するまで待っていては、そこから導入までに十分な準備期間が設けられない可能性も否定できないことから、現時点で入手できる情報で、現在のビジネスのどういうところにどういう影響がありそうか、という分析は最低限進めておく必要があると思われます。
また、現在の税制への対応状況が適切かどうかも、このタイミングでレビューすることも必要と思われます。例えば、現在の制度でのクレジット残高(BSの仮払/仮受間接税のイメージ)が適切かどうか、それを裏付ける根拠証憑が十分に整備されているかは確認が必要です。現在の制度上のクレジット残高はGST導入後も有効な残高として移行できると考えられますが、その際には、証憑類の保管などGSTで求められる一定のコンプライアンスを満たさないクレジット残高は否認されてしまうかもしれません。
そこで、GST移行前に、現在の間接税制へのコンプライアンス状況も総点検されてはいかがでしょう。
< 執筆者情報>
花輪 大資(はなわ だいすけ) 公認会計士(日本)
2013 年、太陽有限責任監査法人よりグラントソントン・インディアに出向し、ジャパンデスクを担当。
E-mail:daisuke.hanawa@in.gt.com
< グラントソントン・インディア>
グラントソントン・インターナショナル加盟事務所。 監査・保証業務、税務業務、アドバイザリー業務のフルライン専門サービスを提供。 インド国内12都市13事務所、約3,000名の専門家を有する。